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金曜の夜の電車内は、ちょっと苦手だ。酔っぱらってネジの緩んだ人が多いから。でも私だってお酒が入っているから、他人のことは言えない。今日は隣に、よく知る酔っぱらいもいることだし。
「レン、だいじょーぶ?」
「……平気」
「場所交換する?寄りかかる方が楽なんじゃない?」
「いいよ。そこまで酔ってない」
ドア脇の角と、目の前に立つレンとに囲まれた三角形。私はそこに、すっぽり収まる形で立っていた。混み合う電車内では比較的快適なスペースだ。レンは座席端のポールを軽く握るだけで、確かに足元はしっかりしているように見えた。肩に提げたトートバッグも、重そうだけど、危なげなく持っている。
でも、絶対に酔ってる。いつもならレンは、こんなに近く立ったりしない。
「それ、やっぱ自分で持つ」
「何かワレモノとか入ってんの?」
「ミク姉に借りたコンデンサのとかまぁ、色々?」
レンの持つトートバッグは、私の荷物だった。ちょっとした音響機材が入っているから、割れ物とはいかないまでも、乱暴には扱えない。
「分かった。絶対落とさないから」
いや、そういうことじゃないんだけど。まあいいか。ミク姉も、もう使わないものだと言っていたし。
小花柄の散るトートバッグは、一見するとどこにでもありそうなデザインだけれど、一応、流行りの外国ブランドのものだ。だから床に置いたりはしたくなくて、でも、中身のせいで今はかなり重量がある。レンに持ってもらえるなら、とっても助かる。
「たく、何でリンの方が強いかな」
うっすらとお酒の香りをため息にのせて、レンが呟いた。そんなことない。私たちのお酒への耐性は、同じくらいだったはずだ。単純に今日は、レンの方がたくさん飲んでしまっただけだと思う。
「レンはペースはやかったよね。見てて心配になったもん」
「そう思うなら止めろよ」
「だって、席遠かったし。そっちすごい盛り上がってたよねぇ、何話してたの?」
「あー……うん。やっぱりリンは、来なくて良かったかも」
そういえば、レンのいた席は若い男の人ばかりが集まっていた。となると話の内容はだいたい想像がつく。でも、レンは、話にはあまり加わらずに黙々とお酒を飲んでいた気がする。むしろ輪から外れたがってるように見えたんだけど……他の人と好みが合わなかったのかな?さすがにこれは、何となく聞きづらい。
「そっちこそ大丈夫だった?リンの隣にいたOBの……えーと、なんか偉い人なんだろ?」
「トウノさんね。噂に聞いてたから、私も不安だったんだけど――」
私の隣に座っていたOBのおじさまは、酒豪との噂を裏切らない飲みっぷりだった。だけど周りに強引に勧めるような癖はなくて、私は次々と空になるグラスへお酌をするだけで良かった。彼のペースにつられて飲みすぎると危ないだろうけど、きちんと自分で調整できるなら何も問題はない。
「私はちゃんと、セーブできるし!」
「俺ができないみたいな言い方やめてくれる?」
「できてなかったでしょ、少なくとも今日は」
「……男には、飲まずにいられない時もあるんです」
もごもごと不満そうに言うから、少し笑ってしまった。レンが普段より饒舌なのは、やっぱり酔っているせいなんだろうか。私自身も、ちょっぴりハイになっている自覚はある。
「オールにならなくて良かったねぇ。あのまま飲んでたら、レン、絶対つぶれてたよ?」
「うるさいな。ほら、降りるよ」
腕をひかれて、慌てて足を動かす。反対側のドアが開いた先は、なるほど確かに乗り換え駅だった。レンが促してくれなかったら、乗り過ごしていたかもしれない。さんざんレンをからかったけど、私もだいぶ危険区域だ。
ホームに降り立つと、冷たい風が剥き出しの膝をなでた。ブーツを履いた足先は暖かいけど、その内側をハイソックスにしたのは失敗だった。吹きさらしの素肌が寒い。せめて、タイツにすれば良かった。
階段を上がった私たちは、乗り換え口には進まずに、そのまま改札を出た。さて、ここからが難題だ。
「ほんとに始発まで待つ?」
「タクシーは高いから嫌だもん。ここからだとかなり距離あるし」
オールにはならなかったけれど、最後の三次会まで居たから、乗り換える先の終電はもう終わってしまっていた。もともとルカ姉たちにはオールと言ってあるし、レンと一緒だから、心配されない。朝までどう過ごすかが、当面の課題だった。
「ホテル」
「え」
「ていうのは、さすがにダメかなー。ホテルも高そうだし」
お風呂に入りたかったんだけど。そう言って肩を竦めたら、レンが大きく息をついた。馬鹿だなぁ、冗談だって。お風呂に入りたいのは、ほんとだけど。
「北口側の漫喫なら、確かシャワーがあるよ。頼むからそれで我慢して」
「はーい」
駅の北口は繁華街で、こちらも千鳥足の人影があちこちにふらついていた。大学が近いからか、私やレンと似た背格好の学生たちも多い。その学生達が一際多くたむろしている店の前で、私は足を止めた。
「リン?」
「ね、やっぱ、カラオケにしよ?」
シャワーには未練があるけど、どうせ時間を潰すなら、歌うのがきっと一番楽しい。
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続きます。