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握った左手の下で、カエルの目がころころ揺れる。さっきまでに比べて雨は小降りになっていたけど、まだ傘は必要だった。リンが履いたブーツも、濡れて色が濃くなっている。メイコさんに借りた靴だとしたら、濡らすとまずいんじゃないだろうか。足首に細いリボンのついた焦茶のブーツは、リンにしては大人っぽいデザインだ。ヒールはそれほどないように見えるのに、並ぶと違和感を感じた。目線が同じ高さにある。
「…それ、底上げしてるだろ」
「あ、バレた?インソールが高くなってるの」
得意気にきらきら瞬く瞳の、その近さがなんだか懐かしい。ほとんど身長が変わらなかった中学の頃を思い出すからだろうか。
「涙ぐましい努力で」
「ふん、悔しい?」
「うるせー」
焦茶のブーツの爪先が、軽くステップを踏んで水溜まりを避けた。一瞬だけ肩が触れる。
「あと2年でルカさんに追いつけるかなぁ」
「…身長?」
「うん」
「ふーん」
「何よ」
無意識にルカさんをあげるあたり、リンが目指すのは身長だけではないのだろう。グミさんやミクさんだって、リンより身長は高かった。
「そういえばさ、ミクさんてダブりだったんだな」
「そーだよ」
「先輩じゃん。お前、ため口でいいわけ?」
ミクさんは読モ以外にもいろいろ活動しているらしく、去年は単位がとれなかったのだと話していた。「いろいろ」の詳細は聞かなかったが、もしかして何か音楽でもやっているのだろうか。今日のメンバーの中でも、ダントツに歌がうまかった。あれは桁違いだ。
「学年は同じだもん。ミクちゃんがそうして欲しいって言うから、いいの」
「ふうん」
「あ、てかごめん、ミクオ君て年上とか気にする?言っとけば良かったかな」
「いや、全然気にしないと思う」
だよね、ミクオ君だもんね。リンがそう言って苦笑する。おいミクオ、性格把握されてんぞ。リンは今日、ほとんどあいつと話してないはずなのに。前から思ってたことだけど、リンとミクオはよく似ている、気がする。もっと話していたら、意気投合したんじゃないだろうか。
「ていうか、年齢よりもさ、名前くらい教え合っとくべきだったよな」
神威なんて名前、そうそうないはずだ。名前を聞いていたら、気づいただろう。どうせ言っても分からないだろうと思って、前情報はお互いほとんど話していなかった。
「すごい偶然だよねえ。どうしようかと思っちゃった」
「兄妹、あんま似てないのな」
「そう?私は、なんか納得って感じだったけど」
神威先輩は、部活――軽音楽部の卒業生だ。俺たちのA高はA大学の付属高校で、部活では大学から器具を借りることがある。その橋渡しをしてくれているのが、A大学に通っている神威先輩だった。後輩想いだけど、真面目な印象の人で、どこかぶっ飛んだ感じのグミさんと並べるとかなりちぐはぐだ。けれど、リンの意見は違うようだった。
「神威さんって、いかにも日本男子だよね。刀持ってそう」
「はは、確かに。切腹とかしそう」
「お母さんも、歌舞伎とかそっちらへんの方なんだよね?」
「…うーん、そうだったかな」
父親が音楽関係というのは聞いていたけど、母親の方は記憶になかった。そういえば、神威先輩は大学で古典芸能を専攻しているんだったか。軽音と古典じゃ、ずいぶんミスマッチだと思った覚えはある。
「お母さんて、グミさんのお母さんでもあるわけでしょ。グミさんてさ、ああ見えて、和菓子作れるんだよ」
「は?ワガシって、あの和菓子?」
「前に、大福を作ってきてくれたの。グミさんぽくないって思ってたんだけど、お母さんとかお兄さんがそういう人だからなのかも」
母親がそうだからって、なんでもかんでも和風に結びつけるのはどうかと思うが、まぁそういうことなら、日本の文化に触れる機会は多いのだろう。神威先輩はともかく、グミさんと日本文化という組み合わせは確かに意外だ。
「大福って、普通に家で作れるんだな」
「今日のチョコも、チョコ大福だったりしてね」
「……そういえば、なんかごめんな、チョコ。ぐだぐだで」
ミクオ曰く本日のメインイベントであるチョコ企画は、無事に行われたとは言い難かった。またしてもあの兄妹が元凶だ。神威先輩が、グミさんのチョコを引き当ててしまったのである。
ミクオの考えたゲームは、ゲームとも呼べないごく簡単なものだった。4本の赤い紐(ミクオによると、運命の赤い糸)をミクオが束ねて持つ。そうすると、ミクオの拳の両側には、4つずつ紐の端が垂れることになる。その端を、それぞれ1つ選んで、引き合うのだ。女性陣は紐の繋がった相手にチョコを渡す、そういうことになっていた。せーので引いた時、4分の1の確率で、神威先輩とグミさんの間に1本の赤い紐がぴんと張ったのだ。
今思えば、あんなに気を使う必要はなかったかもしれない。グミさんは、エーッお兄ちゃんにあげるわけ?!と騒いでいたけど、神威先輩は何も言わなかったし、案外まんざらでもなかったのかもしれないし。でも、とにかくその時は、これはまずいと思ってしまった。ミクオもそうだったようで、あっさり『今のは練習ってことにしましょう』と言い放った。そして、仕切り直しの二回目をやろうと当然のように要求したのだ。一回目であいつは大本命のミクさんを引き当てていたのに、立派だったと思う。
二回目も神威兄妹が引き合ったらどうしようかと引く前に一瞬思ったのだが、無用の心配に終わった。というより、心配が消し飛んだ。今度は俺が引いた紐の先が、リンの手に繋がっていたからだ。
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字数制限にひっかかったので、分けました。(3)に続きます。
鏡音は従兄弟設定なので二人とも鏡音でもいいかもしれませんけど、よく考えたらミクオは初音なんですかね、やっぱり。そうすると、神威×2、初音×2、鏡音×2というものすごいことに……うーん。でもミクオって、初音以外に聞いたことない、気がします。