----------------------------------------------------
だからこんなゲーム、やりたくなかったんだ。馬鹿共に抑えつけられ、ケータイを奪われて、俺は屈辱に震えていた。
「わぁお、発信履歴、リンちゃんだらけじゃない」
「……うるせー」
「メールも見ちゃおっかなー」
「余計なことすんな!それは約束にないだろ!!」
罰ゲームってのは向き不向きがあると、俺は思う。おちゃらけてこなして、みんなを楽しませる奴もいるけど、俺みたいな性格の人間にそれは無理だ。プライドが先に立って、道化になりきることができない。恥じらいを捨てきることのできない道化ほど、みっともないものはないだろう。
「正義に反するから、メールは許してやろうぜ」
「仕方ないなぁ。じゃ、電話するよ?」
「ちょっ…待っ…」
「はい、かけましたー」
抑えつけられた体勢のまま、耳にケータイを押し当てられる。自分でケータイを持っていないからか、いつもより呼び出し音が聞き取りにくい。
ああ、どうしてこんなことに。せっかく苦労してリンの隣を手に入れたのに、この電話一本で崩壊したらどうしてくれる。下手したら一生、口をきいてもらえないことも……いや、それならまだいい、顔も見たくないと言われたら、この先俺はどうやって生きていけばいいんだ。
悪い想像に背筋が寒くなった時、ぷつりと呼び出し音が切れた。ガッデム。
『はーい。レン??』
「……リン」
周りの奴らが息をのんだ。おい、野郎が瞳をきらきらさせるな。あと、ケータイに耳寄せるのもやめてくれ。顔が近いんだよ、気持ち悪い。
『どしたの?』
「あー、その…今何してた?」
『雑誌読んでた』
「あ、邪魔してごめん」
『んーん、暇だったから読んでたの』
ベッドに寝転んで、雑誌をめくるリンの姿が目に浮かぶ。リンが雑誌を読むのはたいてい暇つぶしだって、そんなのよく知ってるはずなのに、つい低姿勢になってしまう。罰ゲームのダシに使っていることが、後ろめたいからだ。
『レンは何してたの?』
「俺はその……俺も暇で」
『ふうん』
頭を小突かれて見上げると、馬鹿共が総出で目配せをしてきた。うるさい、分かってるよ、罰ゲームだろ。でも、こちとら話の流れってもんがある。いや、もうすでに不自然な流れの気がしなくもないけど。
「あの、それでさ、この前の日曜、出かけたじゃん?」
『うん』
「楽しかった?」
『楽しかったよー』
「で、その…よかったら、またどっか行かない?」
『いいよ』
心臓が大げさな音を立てている。二回目のデートの予約を、とりつけてしまった。けれど俺はこれから、更に難しい予約をもぎ取らなくてはいけないのだ。
「行きたいとこある?」
『んーー、今ね、パフェが食べたい気分なの』
「パフェ?」
『うん。だから、パフェのあるお店に行きたい』
「わかった、調べとく」
顔が熱くなってきた、気がする。罰ゲームという以上、遂行は絶対だ。分かってるけど、実際これ、どう言えばいいんだ。
『うん。それじゃ…』
「ちょっと待って」
『うん?』
「その…次のデートのときなんだけどさ……」
デートなんて、普段の俺なら口に出せる単語ではない。だけど、今はそれ以上の羞恥が待ち受けていた。次の言葉をなかなか言い出せず、不自然な間が空いてしまう。
『……レン?』
聞き慣れているはずの声が、頭の中で不思議と甘く反響する。口紅とかグロスとか、そういう人工の色を乗せなくても瑞々しく赤いリンの唇が、俺の名前の形に動く様を、簡単に想像することができた。ごくりと喉が鳴る。
「……キ、キスの予約をできませんか」
『えっ……』
「次に会ったとき、リンにキスする予約、入れてもいいかな」
吃って、声が震えて、もう散々だったけれど、確かに俺は言った。馬鹿共から、オオーと声を殺したどよめきがあがる。それをウザいと感じる余裕さえ、今の俺にはなかった。沈黙がこれほど恐ろしいのは初めてだ。
『…………………いい、よ』
「えっ?」
リンの声は小さすぎて、俺の願望が生み出した空耳かもしれないと思った。聞き返していいものか、迷う前に声が出てしまう。と、電話口でリンが息を吸い込むのが聞こえた。
『…ご予約、うけたまわりましたっっ』
今度はしっかりと、耳に届いた。というより、キーンと耳に響いた。声が大きすぎて、馬鹿共にしっかり伝わってしまったらしく、奴らは歓声をあげて意味不明な踊りを躍り出した。自由になった手で咄嗟に電話口を押さえる。でもそれではリンに返事ができないので、少しだけ隙間を開けて急いでささやく。
「ありがとう」
『う、うん』
「お店探したら、また連絡するから」
『うん……ま、ってる』
「お、おう。それじゃ」
『ま、またねっ』
お互い妙に照れくさくてギクシャクしてしまったけれど、こんなギクシャクならいつでも大歓迎だ。電話を切ると馬鹿共にもみくちゃにされたが、そんなこと気にならないくらい、俺は舞い上がっていた。
予約したからには、キスをしなければいけない。この予約に、キャンセルという選択肢はないのだ。キャンセルなんてしたら男がすたるだけじゃなく、リンを傷つけるだろう。だから、俺が次のデートでキスに挑むのは、決定事項だ。そのことに気づいて頭を抱えることになったのは、数日後のことである。
----------------------------------------------------------
分かる方には分かるかもしれませんが、某テレビ番組がもとネタです。
ホワイトデーはまだ書いてる。