------------------------
「……ン、リン」
目を細く開けると、ベッドの横に誰かが立っていた。出窓から差す光が眩しくて、布団をひきあげる。
「あ、おい……まったく」
苦笑する気配がした。レンだ。もう朝なの?もうちょっと寝かせてよ。声に出すのが億劫で、頭の中だけで呟く。
「おーい、リン。朝ごはんできたってさ。ルカ姉がはりきってたから、はやく行こうよ」
ルカ姉?そっか、昨日からメイ姉とカイ兄がいなくて…。そうだ、それで昨日はレンが迎えにきてくれたんだっけ。
「リーン」
ずずっと布団が引かれて、冷たい空気が顔に触れる。暖かい布団が恋しいけど、ルカ姉が待ってるならはやく起きなきゃ。布団からのろのろと片手を出す。
「ん」
その手をレンに向かって差し出したのは、半ば寝ぼけていたからだ。違う、寝ぼけているフリをできるから。こういう時は、レンの機嫌がいいと、手を掴んで引っ張り上げて、起こしてくれるのだ。
「はいはい、ほら起きて」
だけど、今日は違った。私の身体が少し浮いたところで、背中に暖かなものが添えられて、力強く上半身を支える。え……もしかして私、抱き起こされてる?ええ?!
普段なら、ぞんざいに手を引っ張るだけで、たぶんこんなのは初めてだ。手を掴むだけと、背中に手を添えるのとでは、私の中では何かが決定的に違う。
驚いているうちに、さっさと手は離れて、私はベッドの上に座っていた。レンが私の顔を覗き込んでくる。
「起きた?」
「う……ん」
「何?まだ寝ぼけてんの?」
違うよ、驚いてんの。どうしたのよ急に。今日は甘えさせてくれる日なの?
そんなことが聞けるわけもないけど、この空気は貴重だった。レンの機嫌がすごく良い。もしかしたら、昨日の話もできるかもしれない。そう思って、私は寝ぼけたフリを続行する。
「おいっ。あーもう、しょうがないなぁ。起きろって」
ぼすん、と再びベッドに沈んだ私に、呆れた声があがる。手を掴まれたけれど、今度は私が身体を起こそうとしてないから、簡単には引っ張り上げられない。掴まれた手を握り返し、甘えたフリをして指を辿る。
「れぇん」
「んー?」
「るかねえに、ちゃんとかえした?」
「……え?」
遊ばれるがままになっていた手が、ぴくりと震えた。気づかないって、君は思ってたのかもしれないけど。
「ちゃんとかえしなよ。あぶないから」
「……危なくないよ」
もちろん、レンだってただのお守りのつもりだったんだとは思う。でも、それにしたって、やりすぎだよ。うっかり手でも滑ったら、どうするつもりだったの。
「るかねえ、こまってた」
「……あれが刺身に使うやつだと思わなかったんだ」
私だって、普通との違いはよくわからない。でも、ルカ姉の持ってるあれが、普通のサイズに比べてかなり長いのは知っている。たぶんレンも知っていた。だから、こっそり借りてこっそり返すつもりだったんだろう。確かにあれが、家にある中で一番強そうだ。
「俺じゃ、頼りないらしいから」
馬鹿だなぁ。あんなに大きなものコートの中に隠してたら、動き辛かっただろうに。万が一危ない人に遭遇したとしても、向こうだってどんな武器を持ってるかわからない。慣れないこっちが、あんなもの持ってたら、かえって危ないよ。お姉ちゃん達が知ったら、絶対怒る。
「はんせいしてる?」
「意味ないことしたとは、思ってる。……でも、」
ゆるく掴んでいた私の手をそっと外して、レンの暖かい手が首の後ろへ滑りこんだ。
「また一人で帰る時は、メールして」
もう片方の手で肩を支られ、再び上半身を抱き起こされる。今度は私が完全に力を抜いていたのに、レンは軽々とやってのけた。
「もう危ないことしないって、約束するなら」
私がしっかり目を開くと、レンは気まずそうに視線を外した。するよ、と言ってくるりと背を向ける。本当はレンの目を見たかったけれど、やりすぎたって自分でもちゃんとわかっているはずだから、許してあげる。もうとっくに目が覚めていた私は、廊下に出たレンを急いで追いかけた。
「……柔道でも習おうかな」
階段を降りる背中ごしに、レンがそんなことを呟くのが聞こえた。
-----------------------------------------------------------------
本当は、ここまでで一つでした。せっかくの1125の日に残業なのが悔しくて、未完品のなかで一番キリよく切れそうなのをupしたのでした恐ろしい。タイトルが適当なのはそのせい…いやこれはいつもか。ほんとは数字で済ませたいくらいなんだけど、それだと自分が何を書いたのか思い出せないので…とりあえず中身が思い出せるキーワードにしておくという適当さ。平安パロとか、困るんだよね。副題つけようかな。
文字書きさんのつけるタイトルって、すごく綺麗で思わず読みたくなるようなの多いですよね!すごいなぁといつも思いながら見ています。人様のタイトル眺めるのは大好き。